お侍様 小劇場
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   “秋の こがねの…” 〜寵猫抄より


時折、それらしい冷ややかな風の吹いた日もあったが、
直前までの酷暑から引き続き、
いつまでも続いた残暑の余燼か、
上着の必要に迫られたのさえ、ずんと遅かった感の強いこの秋で。
それでもさすがに、
十一月も末とまで押し迫ったこの頃合いともなれば、
長く戸外にいるならば、上着や襟元への装備も要るかしらんと、
そんな想いがするほどに。
間近い冬の気配というもの、
仄めかすような風の香がするようでもあって。

 「みゃあう?」
 「んん? 如何したか?」

一応は首輪もリードも装着しているものの、
勘兵衛とのお出掛けともなりゃ、
その頼もしい腕へ余裕で抱えられるのが一番落ち着くらしい仔猫様。
小さく真ん丸なお顔の真ん中の、ちょみっととがった鼻先、
晩秋の風の中へと突き立てて、
甘いお声で注意を招くようにして鳴いたのへ。
どうしたねと視線を向け、
それから彼が見上げる先を同じように見上げれば。

 「ほお…。」

今日は久々に晴れ渡っての小春日和。
ぽかぽかとした陽が降る中に、
どちらのお宅か、板塀の上へと伸びた枝先へ、
一つだけ居残された柿の実がぶら下がっている。
その橙色がまた、
背景に当たる青空の、
何とも高く澄み切った色合いにいや映えて。
目にも鮮やかなコントラストになっており。

 「にゃあ。」
 「うむ、あれは木護りの実といっての。」

実を全部を取ってしまわずに、
樹への滋養だったか、
冬場に餌がないスズメなんぞへ、
どうぞお食べという心遣いか、
ああして一つだけ残しておくそうな、と。
その大きな手の片方だけで、
十分に包み込めてしまえそうなほど、
それはそれは小さな仔猫へと。
わざわざ立ち止まって、丁寧に説明してやっている壮年であり。
変な人だなと思ったクチの、通りすがりのご婦人が、だが、

 「  〜〜〜〜〜。////////」

強いて言葉へ変換するなら、
“あらあらあらあら〜〜。///////”というところか。
妙な人…という先入観があって見やったはずが、
そんなマイナスファクターなんて、
あっさりと相殺しての余りあるほど、
そりゃあそりゃあ魅力的で印象的な偉丈夫だったものだから。
ちらっと見やったその視線で、まんまと自分がその場へ縫い止められてしまい、

 「? 何か?」

御用でしょうか?と、
却って壮年様の側から不審がられてしまったほどで。
とはいえ、それも致し方がない。
ともすればどこか異国の方かしらと思わせるような、
彫の深いはっきりとしたお顔は、
落ち着いた男臭さをたたえての精悍。
だのに、その表情はただただ穏やかで折り目正しく、
にっこり微笑うと目許がたわみ、それは暖かい印象を感じさせ。
真っ向から見つめ合ってでもいたならば、
あっさりたじろぐか骨抜きにされるか、
どっちにしても言葉奪われるに違いなく。

 「あ、えと…。//////」

もしかしたら着痩せして見えるお人なのか、
ざっくりとした編み目の深緑のカーディガンを、
生成色のシャツとデニムのボトムの上へ、
すっきりと着こなしておいでだが。
よくよく見やれば…その年頃には珍しいほど、
結構な上背をなさってもいて。
それへと見合う寸法の、かっちりとした肩の線、広々とした背中、
そしてそして、何とも頼もしい厚みの胸板をしておいで。
骨太なのか持ち重りがしそうな手は、だが、さほどには節も立っておらずで、
そんなせいか、何でも器用にこなしそうな、
いかにも大人の男性という、機能的な趣きを感じさせ。
足腰もまた、すっきり長く、しっかと頑健そうで。
品があってなめらかな所作を見るに、
一体どちらのモデルさんでしょうかと問いたくなるよな、
重厚ながらも見た人をあっさりと魅了する、
そんな魅惑をたたえた男性であり。

 「みゃあvv」

しかもしかも、その腕へと抱えているのが、
そりゃあ小さな、キャラメル色したメインクーンの仔猫。
猫のお顔も、よく見りゃ…美人と愛嬌のある個性派とに分かれるものだが、
その伝で言うなら間違いなくの美人猫。
潤みの強いつぶらな瞳とちょんとした小鼻が、
お顔の真ん中へキュッと集まったそのバランスが何とも愛くるしいし。
三角に立ったお耳の柔らかそうな毛並みといい、
胸元にふんわりと立った、
シフォンのアスコットタイを思わす白い綿毛といい。
寸が足りない小さな小さな腕足の、
それでも無邪気によく動く活発そうなところといい。
特別 猫好きでなかろうとも、思わず視線を奪われてしまい、
わあとお口を丸く開けつつ、お顔までほころばせてしまいそうな器量善し。
一見アンバランスながら、
緩急自在な蠱惑をおびた…ともいえよう、
そんな取り合わせの存在が相手じゃあ、

 「  あっ、あのいえいえ、ご機嫌あそばせ。////////」

はっと我に返った途端、愛想笑いもそこそこに、
名残りは惜しいがみっともないと、
慌てて立ち去るのがセオリーであるの、
勘兵衛の方でも実は馴れっこだったりし。
若かりし頃も注目は浴びまくりの風貌だったので、
よくもまあふしだらな道へ転がってゆかなんだものよとは、
古くからの道場仲間のお歴々の言いようだが。
そんな皆様と剣を交える日々の方が、
躍動的で、そのくせ策を練る点では十分に知的でもあり、
どこまでも深くて楽しかったのだからしょうがない。
しかも、

 “最近は珍しい反応ではあるが。”

そういや最近は、
お出掛けともなりゃ あの美人な秘書殿が必ず同行しているし、
この仔猫さんへとまずは視線を奪われてしまわれるので。
勘兵衛自身へ関心を持たれるなんてことは、
滅多になくなってもいたのになと。

 「にゃ?」

どうしたの?とでも訊きたいか、
こちらの胸元へ小さな手をかけ身を伸ばし、
よいちょと見上げてくる小さな皇子の
真ん丸なお顔へくすすと笑いかけてやる。

 「そうさな、急ごうか。」

随分と前にお出掛けしてった家人を追ってのお散歩。
ぼやぼやしていると、向こうの帰り道へと鉢合わせになる。
せっかくの散歩だ、どうせなら出先での時間も共に過ごしたいしなと、
晩秋の陽に乾いた白を光らせる家々の家並みに挟まれた通り、
のんびりとした歩調で再び歩み始めた島田せんせえで。

  はてさて、
  金髪美人の秘書殿は、一体どこへのお出掛けなやら




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